2ヶ月の遠征について、ぼちぼち振り返って行きたいと思います。
今回の遠征合宿は、台湾の画廊に紹介してもらってから受け入れ先にきちんと審査して
いただいてからの遠征です。滞在中に作品制作のち、個展開催。他にも各種催し物への参加が義務づけられます。
本来次年度出品用の描きかけのアートフェアの作品を抱えていくべきですが、それはせず行きました。これが吉と出るか凶と出るか。僕や画商さんの様々な思惑が交差します。
実は9月13日から受け入れ開始だったのですが三日前に予定変更で、改装するから来月からにして欲しいとのこと。これに合わせて仕事の予定を組んだりチケットを取っていたので・・・行く事に。三週間ゲストハウス暮らしになるという羽目になったのでした。が、これが結局いい結果に回ってくれてので良かった。
台湾に到着したのは9月13日。9月18日に台南へ。その後3回台北に行く機会がありました。11月12日に帰国して今回の遠征は終了でした。
最初は日記を付けていたのですが、数日で書くのを忘れてしまいました。直接ネットに記録しておけばよかったです。
9月13日(日)
前日は瀬戸物祭りでお祭り気分を一人堪能した後の今日。前日は終始緊張感から解放されずイライラしておりましたが、祭りで幾分気がまぎれました。
朝は5時くらいに起床して早めに空港へ向かい台北へ。自宅を出た時点で自転車の重さにやや戸惑う。
毎度空港に着くと気分が高ぶる。遊びに来るだけでも十分だと感じるほどだ。
桃園空港に到着後はバスで台北駅へ。予約しておいたゲストハウスへ直行と行きたかったけれどしばらく迷ってしまう。入り口が奥まったところにあったからだ。チェックイン後は近くの中華電信でSIMカードを購入。自前でSIMカードを購入してスマホを使用するのは今回が初めて。300元。これで一ヶ月使用できる。ネットと電話ともにデーターが決められている。この日は、あまり出歩かなかった。
9月14日(月)
淡水へ。まずはグローブ(もちろんジャイアント)を自転車屋で購入。その後、川沿いの自転車道を使う。途中で道に迷い田んぼ道をウロウロしてしまう。2乙(幹線道路)に出て向かうことに。車やバイクがおっかない。 淡水は観光地だけれど、川はドブ川で汚い。お洒落なカフェもあったけれど、やはり川は汚い。帰りは自転車道を通って帰ることができた、と言いたいところだけれど途中で間違えて淡水とは別の川の自転車道を走ってしまう。いろいろ回れたということでOK。

9月15日(火)
午前中から陽明山へサイクリング。空気が気になるところ。おぇっ。
道に迷い天母の辺りをウロウロ。この辺りからも上の方に行けたりするのだろうか?山の方に建物が見える。この辺りはセレブなところらしく、閑静でゆったりとしている。山から下ってくるライダーを迎えながら早速ヒルクライム開始。空気のせいか息苦しさがまだ気になる。入りはいい感じだ。それもつかの間ですぐに垂れてきた。登っていないからなのか?地理がよくわからない中、息も絶え絶え頂上付近にやってくる。勾配が緩くなり、急に賑やかになって、建物がちらほら。近くに大学があるらしく若者が信号の前に大勢立っていた。コンビニで小休止。汗がやばい。こんなに体が重く感じるのはなんでだろうかと思いつつ汗を拭う。地理がよくわからない。どこぞに展望台があるらしいけれどどこだろうか?まあいいやと、さらに頂上っぽいところまで行く。途中女性ライダーを抜かす。案内所らしきところまで来て終了。
自分が写っている後ろが自然公園になっているようだった。
サイクリングから帰宅後。台北には画廊で働いている知人がいて、展覧会のオープニングがあるから来るか?というので昼から行くことに。場所は国父記念館。ここにはたくさんの展示室が有り、定期的に展覧会が開催されている。この大きな建物自体にも圧倒される。
9月16日(水)
午前中は宿の受付のスタッフと話し込む。掃除のおばちゃんが話しかけてくれるけれど何を言っているのか分からない。「聞いているの?分かってる?」などと言ってくるがなんとなくやり過ごす。畳み掛けられても分からない。
その後、昼食ついでに外出、国立台湾博物館、国立歴史博物館から中正紀念館をはしご。二二八国家紀念館と郵便博物館も。コンビニで小休止してから圓山公園までは電車で向かう。目的の古跡はすでに閉まっていたので行天宮まで歩く。
帰宅後はジョグがてら弁当を買って帰る。
中正紀念館で観たトランスフォーマー展は一体何だったんだろうか200元以上払ってあれは萎えた。歴史博物館の陳進展は素朴で良かったです。近場に博物館等が集中しておりはしごに最適だ。今日はよく歩いた。
国立台湾博物館
總統府
ここで夜走った時があった。建物の周辺は衛兵がいて目を光らせている。
国立歴史博物館
地味な場所にある為観光客は少ない。
台北府城 東門
中正紀念館
二二八国家紀念館
二二八記念館の一階にはシアタールームがある。僕が入った時は誰もいなかった。というかそのそもこの施設自体来客がとことん少ないと見た。ちょうどいい具合に暗かったので、椅子に座って映像を鑑賞しながら寝てしまう。外は暑くて体力を奪われる。室内の涼しさと静けさ、シアタールームの暗さは心地よい眠りに最適だった。
二回に上がるとボランティアスタッフのおばあさん一人窓際の椅子に座り込んでいる。ちょっと話し込む。が、ちょっとのつもりが長話となる。難しくて聞き取れないが、よく話してくれる。二枚目の写真はオススメの写真スポットだと教えてくれたので記念に撮影してみた。実際に見るとキラキラと陽光が壁の白と相まってやわかな印象を醸し出していた。それから、近くに郵便博物館があると教えてくれたので行くことにした。
外でウロウロしていると走ってきて、あっちだとわざわざ教えてくれた。
郵政博物館
一回は受付で確か2,3〜5,6階?が展示場になっていて、最初の階では書の展示も開催されていた。貸しスペースもあるのか。
水墨の個展を開催していた画廊?
行天宮
9月17日(木)
10時出発で友達とサイクリングへ。友達にゲストハウスまで来てもらう。目的地は淡水。本来は自転車道だけで行ける場所なのだけれど、先日一人で行った時は迷いに迷い、一般道を通って到着した。今回も序盤道を間違えたのだけれど早めに修正して事なきを得た。しばらく淡水をぶらぶらし、帰路へ。帰宅したのは夕方15時くらいだったかな。
帰宅後は一時間ほど休憩してから再度集合して晩飯を食べに行き解散。
台湾にもサイクリング仲間を増やしたいところだ。
<余談>
夜市へ、日にちがいつだったか忘れたけれどドイツ人兄妹と台湾人の五人で士林夜市に行った。弟は慎重185くらいの高身長で姉貴も僕と同じくらいある。弟はあまり喋らない。この2人は夜市へ行く前の2日ほどいたのだけれど、英語が得意な台湾人の男が観光の相手をしていたかな。英語を話すけれどマシンガンのように話しまくるので聞き取れない。ただ辛い。二人とも「Crazy」が口癖でよく使っていた。臭豆腐は苦手らしく屋台の前に来ると「これダメ〜」と顔をしかめていた。皆でアイスかき氷とクレープを食べて帰路に着いた。台湾人は途中の電車で分かれる。姉貴の方も随分と疲れているようだったけれど無事?三人で宿へ帰還。
この二日後の朝に台北からバスで墾丁に向かうと言っていた。夜はネットで宿を探したりしていた。最後姉貴の方と少し仲良くなったから似顔絵を描かしてもらえば良かった。というかもう少し話しておけば良かった。
9月19日(金)
移動日。荷物の重さに気が滅入いるというか輪行袋に綺麗に収まっていないのも問題かも。駅構内で鈍行でもいけるか?少し考えた後、高鐵で向かうことに。
沙崙駅に到着すると台北以上の暑さに悶絶。ここは電車で移動。タクシーの運ちゃんがアピールしてくるけれど、「この荷物いけるか?」と合図を送るとあっさり電車を勧められる。さらに台南駅から汗だくになりながらゲストハウスを探す。多少迷いながらではあったものの、なんとかたどり着けた。
荷物を置いて16時過ぎに徳鴻畫廊へ。友達の林書楷さんが広島美術館のグループ展に参加するとのことで、その前に画廊で前哨戦となる発表会がありました。こちらの人たちは、よくしゃべります。これだけしっかり喋ることができると相手との会話も盛り上がりそうです。その後、画廊の陳さんと林さんで食事へ。二次会は赤崁樓近くの新美街にある182画廊でビールをいただく。
ゲストアウス 哈木家
到着したら簡単に宿の説明をオーナーから受ける。 自転車は玄関先に止めさせていただく。自転車のレンタルもあり便利。
ドミトリーには独特な雰囲気を醸し出した日本人客がひしめき合っている。
9月20日(土)
土曜日は11時くらいからサイクリングで海岸へ。平坦ばかりだけれど信号が少ないので追い込むには最適か。こんなにど平坦で信号が少ないとは知らなかった。自転車天国ではないか。暑いけれど。大きなお寺に行ったり工場の番犬や脇道の野良犬に追いかけられたりしながら走った。あれは恐怖だった。帰宅したら16時くらい。
夜は身支度してから、ゲストハウスの皆で食事へ。8人いて、台湾人が3人。近くの二0八巷で。
海の近くは開放感があっていい。
9月21日(日)
午前は画材の整理と近場で写生。その後、少し散歩してから画廊の陳さんと高雄へ。駁二藝術特區という工場の倉庫街を改装した展示場が集まる地区へ。いつもの林書楷さんも参加している展覧会のオープニングへ。画廊のスタッフさんに紹介してもらったり、作家と挨拶したりした。
ここの芸術特区では、毎年高雄市が補助金を出して作家を支援しているそうで、書類審査を通ると三ヶ月間滞在ができる。期間中いろんな国の作家が多数滞在していて芸術の交流が盛んだ。僕が訪ねた時はインド人、日本人、イギリス人、ドイツ人がいたのかな。二年前にも訪れた場所だけれど、その時からさらに改装され綺麗になっていた。
日本人の作家さんから、来月展覧会のオープニングがあると教えてもらった。来月また来たいと思う。
倉庫を改装した店舗はお洒落で回っていて楽しかった。レストランもお洒落な雰囲気だった。
9月22日(水)
実はデング熱が流行している台南。定期的に衛生管理の為業者が薬の散布をしている。室内にも散布するそうで、朝サイクリングから戻ってきたら、荷物がすでにビニールシートで覆われていた。午前中は入室禁止となる。
散布後は歩道に大量のゴキブリが転がっていて歩く時に下ばかり見て歩いていた。
昼から安平へスケッチをしに行く。スケッチブックを担いで向かったものの暑かっただけで特に描きたいものもなく。しばらく景色を眺めていたら、海自体は絵にしたいというわけではないと気づき、スケッチするのをやめて安平古堡を見学後帰路へ。バス停には日本人と思しき方たちもいて、マニアックな場所に来るなと思った。聞くところによると日本人観光客はここ数年台南でも増えているんだそう。移住してくる人も同じく増加中だとか。
赤崁樓付近ですらたくさんの日本人旅行客を目撃した。あ、そうか日本は今シルバーウイークとかいうナウな週であった。通りで多いわけだ。哈木家のお客も多くて賑やかだ。
それでも相対的にはデング熱の影響で観光客は激減しているのだそうです。
9月23日(木)
台南の海岸路付近で火事がある。たまたま散策している時に出くわしてしまう。辺り一面煙が充満していて異様な雰囲気でした。
宿でもスケッチを披露する機会をいただくことがあった。
9月25日(金)
昼間は、バスキングしながらワーホリで海外滞在中のミュージシャンな青年の看板を制作。絵になる男で、自分にはない雰囲気が多く興味深い。こんな風に長期で海外遠征をして修行してみたいものだ。自分は台湾というか台南が専門になりつつある。
看板は墨と水彩。初めは大丈夫なかと思った仕上がりも、なんとか持ち直して見られる程に。時間もかかってしまったけれど、手作りの温かみが出ていて好きだ。今日行こう、青年が次の国に映るまでの間バスキング中にご一緒させてもらうことに。
夜は画廊の陳さんの知り合いと食事。イギリスからやってきたばかりというスウェーデン人男性と台湾人女性(こちらが陳さんの知り合い)のカップル?の四人で夕食。中秋節。鍋料理を囲みながらだったけれど男性はマンダリンができない。終始僕と会話していたけれど紳士的でゆったりと物腰柔らかな感じは、欧米人=ヒャッハーなイメージを覆してくれる。フェンシングの選手だったことやデザイナーであったこと、新しく台湾で英語教師を始めたことなど日々の生活の中で感じていることを丁寧な口調かつ綺麗な英語で話してくれた。一緒に外を歩いている時も物腰柔らかで、英国紳士(イギリス人ではないけれど)ってこんな感じなのかなと思った。
9月26日(土)〜9月28日(月)
朝一のバスで台北へ。友だちが誘ってくれたので行くことに。中秋節だからとさ。事前に遊ぶ約束をしていたのだけれど台風が来ていたのでやめようかと思っていた。それでも煮えきらず貴重な機会かなと思い行くことにした。
前日の食事会でも行く必要ないだろうと言われた。そりゃそうだ。本当のところは台北でサイクリングの予定だったけれど荷物にもなるし、それだけならわざわざ行くこともなかっただろう。
当日は桃園駅で合流の予定で、台南から出発する際に連絡をする約束だったけれど連絡をせず向かってしまう。それで行き違いになって、随分と時間をロスした。結局先に家に向かうという話になって一件落着。
滞在中は桃園の石門と大溪を観光。この辺りは絵になる。
あいにくの雨だったけど台湾の家庭の雰囲気などを体感する機会にもなり楽しかった。車で色々案内してもらった。
改装?増築中のお寺。箔を打っている。
桃園駅のゴタゴタ感はクレイジーな感じで台北とはまた違った。東南アジアからの出稼ぎの人が多数いるらしく雰囲気に台湾らしさがなかった。なんとも落ち着かない。いや、台湾自体こんなもんか。
今回は、桃園の知人の実家に二泊させてもらい台風が上陸寸前の28日昼に帰路へ。帰りのバスは風に揺られ、社外を見ると風が強すぎるため雨が飛沫となって道路から舞い上がっている。
台湾公園のバス停に到着したのは21時ごろ、不明瞭な地理感覚を頼りになんとか徒歩で帰宅。ゲストハウスのロビーには宿泊客が集まって団欒していた。外と中で全く雰囲気が違った。なぜか我が家に帰ってきたようでほっとした。
結局桃園に行ってよかったのかと言えば、半々ですな。
9月29日(火)
この日宿で一人スケッチをさせて頂く。「是非、描かかせていただけませんか」というのがなんともかんとも、苦手だ。
<ちょっと寄り道> バスキング。
僕は、引き語りの横でスケッチを広げているだけ。欧州とかでやったらサマになるのかもしれない。台南駅の地下道で行った。こんな経験は初めてだ。しかし、暑いったらありゃしない。ぶっ倒れそうだ。
哈木家には毎晩のように画廊の陳さんがやってきてくださった。ヤングアートのチェアマンをこなしたりと有名な画廊の社長さんなのに随分と気さくな方。お世話になり続けている。この時期、ちょうど濃いメンバーが揃っており随分と楽しくゲストハウス生活を過ごすことができました。
<スケッチ>
芸術村に移るまでの間、台南のゲストハウスに二週間いたわけだけれど何をしていたのかというとぶらぶらしていた。スケッチブックとiphoneを持って。カメラを持って来ていたけれど使わなかった。撮った写真は千枚にも届かなかったようなので大して撮っていない。スケッチも正直暑さや蚊に負けてさっさと終わらせることが多く、街を歩いてその雰囲気を肌で感じ取ることが主となった。
10月1日(木)
午前9時半に321蔚龍に来るようにとのお達しだったのでそれに合わせて出発。一度に運べないので二回に分けて運んだ。到着してみるとまだ室内は片付いておらず荷物が散乱していた。ひとまずここでの生活が本格始動したのであった。事務員さんは中年の女性と二十代半ばの女性の二人。他の住人たちと共に仲良くなれるだろうか。
(後々の話で、改装で遅れた入居。実際はさらに遅く入って欲しかったらしく、その間に荷物の片付けをしたかったそうだ。こちらとしてはそうならず良かった。
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321藝術聚落の全体図。別名「旧大日本帝國陸軍第二歩兵科聨隊寄宿舎」という由緒ある場所でもあります。光栄です。
10月2日(金)
午前中は、蔚龍の向かいにある建物で建築物の保存に関しての講義がある。専門家を招いて木造の史跡の保存について他の駐在アーティストたちと一緒に。スライドで保存方法や現場の管理の仕組みなどについて。弁当が用意され、皆で昼食も一緒にとる。
ゲストハウスで知り合った香港人の友達と日本人のギタリストの三人で夕飯を食べに行く。昼間連絡があったからだ。香港っ子は明日帰るんだそうだ。それで、赤崁樓近くの焼肉弁当屋で夕飯の後、バーを二件ハシゴ。1軒目で、香港っこはお酒がイマイチらしく飲みやすいのをとのこと。店員さんに聞いたら、オーダー聞いて作れるというからフルーツっぽくかつ甘めのカクテルをよろしく!と頼んだらいい感じのを作ってくれた。2軒目は182空間で。歩いて行ける範囲にたくさんバーがあり。夜のパトロールにも最適な街だ。
まだ、遊び足りないからと海安路の神農街に連れて行く。宿へ帰る途中お腹が空いたので、食堂に寄る。鴨の汁と鳥肉飯を食べた。
徒歩で宿へ送ってから解散。2時過ぎていたかな。眠い。それにしても、アジアっこはタフだ。このタフさに耐えることができなければ生活できんなぁ〜
<自炊とスーパーの話>
321に移ってからは自炊を始める。朝は食パンを買っておいて、昼や夜は米を炊くという流れ。麺類も買って茹でて食べたみた。麺も種類が幾つかありお好み次第だ。おかずは一度作ってしまうと二食兼用になってしまったりと作る量、一人で食べる量はどこに住んでも変わらない。日本での食事内容とさほど変わらない感じで食事を作ることができるのはありがたい。
スーパーも探すと、たくさんあり当初の想像をあっさり覆された。スーパー巡りは楽しかった。ここではスーパーの写真を。
筋肉の種類は豊富で、豚と鳥をメインに牛や鴨、羊がある。珍味でいうと蛙もあるけれど見ていない。
鳥の足など日本では見かけない部位の販売もデフォ。骨つきの切れ端などはまとめて安く販売されていたりもする。
魚の切り身は右端の赤身を買っていた。他は試していない。赤身はうまかった。
これが便利だった。惣菜セット。
魚は出来合いのものをオーブンで加熱して利用し、切り身なら自分で調理する。 備品の炊飯器がゴミ箱みたい汚かったので鍋で炊くことに。一回目は失敗しましたが日進月歩、慣れればこれは便利です。
10月6日(火)
今日から語学学校に通い始める。予算がかさむけれど物は試しと通うことで。人から行け行け言われたのも多少はあるけれど。発音の更生には役立ったかな。通う期間が短じかく時間も一回70分なのでよほど自習しないと効果は出ないかも。
台湾人の先生は日本語が上手だった。日本語学校の先生は基本日本人ばかりだった。女性が多い。先生方とも交流をと思ったけれど話す機会を作らずじまいで終わった。20日間通ったのだけれど、どのくらい自分が物に出来たかはこれから問われることになりそうだ。
できるなら大学の語学センターに行くといいと思う。台南は安いし。
10月15日(木)
昼前に電車で高雄へ。まずは高雄市美術館へ行く。高雄市美術館は綺麗で大きかった。アート作品に囲まれた至福の時間を無料で体感することができる。周辺は公園になっていて、高級そうなマンションが沢山集まっている。この辺りは歩道が広く、自転車でも走ることができるので良く見かける台湾の歩道と違う。市内には自転車を有料で借りることができる場所があるので試しに借りてみる。結構快適。
ところで、カードを使って借りる自転車。返す時もカードを使って返却の手続きをしなくてはいけない。タッチパネル式だとわかりやすいのだけれどアナログ感の強い操作画面にかなり戸惑った。ややり機械は苦手らしい、自分。
本当に返却できているのかとても心配になった。現地の人は悠々と使っている。

このお寺はやや特殊で、日本風と台湾風が合体している。さらに大戦中に没した日本軍の方々を軍艦と共に祀っている。
お参りしてからまた徒歩で戻り始める、途中ファミマで休憩。腹が減った。それにしても暑い。
すぐに地下鉄に戻り駁二藝術特區へ。日本人作家のスタジオを訪ねる。オープニングがあると聞いていたのでそれに合わせて来たのだけれど、延期とのこと。夕方に182空間のオーナーが見に来るということだったので、皆で滞在作家の成果展を見ることに。
18時前に解散して、西子湾に徒歩で向かう。パンを買ってモグモグしながら西子駅まで。そこからバスで旧イギリス領事館まで。バスは15元だったかな。入口だけ観光客でごった返していた。特に見るものもなくさくっと回って終了。帰りは徒歩で西子湾の地下鉄まで。西子湾周辺はお洒落な場所かと思ったらそうでもなく普通の漁港だった。高雄駅から電車でとぼとぼと帰る。
しばらく電車に揺られていると、車内では若い女性が席に飲み物をこぼしてしまったらしく、慌てていた。周囲の乗客がティッシュを渡していた。その後、女性は車掌さんに過失を伝え事後処理をしていた。
10月16日(金)
朝は自転車で安平へ。一時間半。安平は周回できるようになっているので、そこをぐるぐる回ることもできる。
夜自転車で高雄へ。1号線を使う。台南空港から嘉藥大學を抜けると一気に走りやすくなる。橋の上は街灯が少なく溝があったら怖いなと思いながら通る。それでも、台湾の幹線道路は意外にも走りやすいかった。ゴールは地下鉄の青埔駅まで。高雄市内中心部まで行くか迷ったけれど、ここまで一時間以上走ったので帰ることにした。30km弱。片道このくらいは走らないと走った感じはないか。帰りは行きよりも早く感じた、メーターをつけていないのでイマイチ距離感がつかめない。どのくらい走ったのか分からないと目処が立てられない。走る距離がそれなりにあるわけだから、サイクルコンピューターがないとしんどい。





















































































