2016年12月2日金曜日

団体公募展の数とか調べて見た

気になるとその歴史を紐解きたくなるもの。

その前に追加でいくつか公募展を見る機会があったのでレポートをば。

【再興 院展】
言わずもがな我が国を代表する公募団体展。毎年公開される美術年間の号あたりの設定額のアベレージがダントツで高い。百貨店との繋がりも強固で所属作家の展覧会が頻繁に開催されている。そんな話は抜きにしてこの団体には、数々の名作を生み出してきた作家が多数おり、僕のような雑魚は足元にも及ば無い。学生時代の憧れであった歴史に名を刻んだ物故作家、そもそも恩師や知人も多数在籍する。いつかは創成期の先人方のように、線一本一本に命が宿る所まで行きたい。100年を超える歴史の中で画風は大きく変わっている。古の筆法は絶滅と言っても過言では無く、ペイントによる色面構成が主である。造形に重きが置かれており、情緒を重んじる。淡く暗めの色調で緻密に筆を重ねた作品が多く総じて構成員の実技力が高い。構成員の中でも強キャラとなっていくメンバーの多くが国公立大出身者であり、いかに各大学の日本画専攻が充実しているかが分かる。
ただし、画風の方向性は、ある程度の縛りがあるように思う。一部の実力派団体を除けば、足元に及ぶ組織は無いと言えるほど歴史、実力、組織力の強い軍団と言える。


【創画会】

結成から70年余りが立つ。 ホムペには「我等は世界性に立脚する日本絵画の創造を期す」と宣言する。
創造美術は在野精神を尊重し自由と独立を標榜して真に世界性に立脚する。
とある。


創造美術を発足、新制作協会日本画部を経て創画会を開催の流れらしい。昭和23年に産声を上げた、在野精神を柱としたまさに革新系の日本画団体。自身も学生時代憧れた画家が多い。加山又造、工藤公人、稗田和穂、石本正などなど。予備校時代の恩師も在籍しご活躍されている。
院展や日展には無いコラージュや木などをぶち込んだレリーフ状の作品も見かける。美しいかは不明。


※在野ー民間である事、個人が官途につか無い事。与党に対して野党。権力が嫌いらしく、その割には階級があるし、内輪感も強い。雰囲気としては、昔ゲバ棒降ってたただの極左って感じかな。

※敬初略

日展と同じく昭和に一時代を築いてきたスター選手がほぼ逝去された。しかし、日展と共に打倒院展の最右翼と言える。

【太平洋展】

実に113回目を迎える歴史ある公募展。油画、水彩、版画に限定される。小さい作品しかなかった。



本題に戻る。

検索すると全国の「ゆめ画材」の「全国の美術公募展団体情報」が掲載されていた。団体展は近代以降の日本美術の歴史を語る上で欠かせない。何せその歴史は100年を超え、日本の美術振興の為、文化活動から商業活動まで大いに支えてきたと思う。形態としては、欧州のサロンみたいなものなのかな。


以下、公募展の定義を抜粋。他にもあれ頃調べたことを列挙してみた。文章に不備があったらごめんなさい。

「公募展とは一般の人から作品を募集し、各美術団体が審査し、それぞれ会の基準に合った作品を選抜し、美術館などの展覧会に展示するものです。」

とある。




ここからはありのままを良し悪しでは無く、団体公募展の仕組みを手前味噌で記述したい。情報源は偏っておりあくまでも主観的な論述である。

【団体展に出品、構成員となるには】
団体公募展に継続して出品をしていく為には、初入選後に忠誠を誓い誓約書で契りを結ぶ必要がある。そして、構成員としての肩書きを背負い、日々の活動に勤しむことになる。入選時にはお世話になった先生方へのお手紙の送付、展覧会初日の懇親会での挨拶など会社等で行われている一般的な行事も多く社交性も重要である。

また、団体ならではの慣例として、例えば日展の書道部門であらかじめ会派によって入選枠が振り分けられていたことが朝日新聞に抜かれて問題になった。2013年のことだったっけ。他にも上納金の問題や、形式的な師弟関係、芸術院会員を頂点とする組織構造まで洗い出された事は記憶に新しい。

【出世をする】
序列は、入選回数や受賞歴などを基準に推挙という形で決まる。だいたい三、四階級だろうか。基本組織を構成する理事に至るまで作家であり、組織図は相撲協会や会社、カタギの世界と変わら無い。ただし、ここから上の階級はプロ活動といった区分けはない。また、関取以上は月給制といった仕組みも無く基本アマチュア活動となり各自の努力が重要となる。

【団体の人気】
有力団地公募展以外は集客力が弱いとみられ、収益が少ない団体が多い考えられる。基本東京の上野か新国立で開催したあと地方巡業を行う。構成員とその親類縁者などが鑑賞に訪れると見た。総じて平均年齢は高齢と言える。また、企業からの寄付や補助とかあるんだろうか?現実はアマチュアとしての活動になる方が九割九分九厘と思う。審査員とは言え、本来の芸術家としての役割である作品を作くることで食い扶持を得ている方は非常に少ない。人気団体に所属してもその後の研鑽がものを言うのは企業と変わら無い。


【現実】
現在最も安定して大衆やメディアに大作を発表出来るのが団体公募展だと思う。
また、制作に最も打ち込める職業が美大教授である。安定した賃金を得ながら制作に打ち込めるのが特徴。作品が売れなくても食っていける安心感は精神衛生状も良い。査定なども無く、給料が下がることもない。そこで頑張っておられる恩師もいる。
また、日本画になら教授であると値段も高くなる場合がある。指導者であることは一般受けもすこぶる良い。団体公募展に所属して活動するー今現在、日本で最もポピュラーな発表スタイルであるように思う。ただし、若者は減っているように感じる。



「魅力が無い=売れ無い=見てもらえ無い=内容もつまら無い」のは団体も個人でも変わら無い。


現代では作家活動をされている多くの画家が団体に所属し、有力団体の作家(当然絵は上手い)が美大を中心に教育機関で教員ととして勤めている場合が多い。無論それ以外の美術系の職業や関係の無い職業に就く方も多い。ただ、大学教員に関しては人によってその地位にいることで作家として身を保てている場合もある。中学や高校では、そういったステイタスは得られ無いので自然体でいられると思う。



団体公募展の歴史を遡ると日本初の官製公募展となる文展を前進にした日展が一番古い。文展時代に審査員から漏れた横山大観らが起こした団体が再興日本美術院であり、現在最も力のある団体公募展の一角を担っている。
他に油彩中心の有力団体には、国画会、二科展、白日会などがある。自身あまり把握ができておらず勉強不足である。


【あとがき】
大正から昭和中期頃までの間、次々に団体が旗揚げされて行く流れはプロレス団体が乱立する今日とダブル。平成に入ってからは、大きな団体展の旗揚げは無いと見られ、歴史ある有力団体がその勢力を維持している。
有力団体は若手の新規参入も多いだけに新陳代謝も激しく、常にベテランも気を抜けば落選という危機にさらされている。
また、アートフェアやグループ展に出品ともなればバトルの相手がノージャンルとなる場合も多い。
団体展で国内の知名度を上げ雑誌に取り上げてもらう。なおかつ単発の公募展で稼ぎ海外のアートフェアにも引っ張り出してもらうという形が最近は多く見られる。定期的な百貨店での個展開催に漕ぎ着ける事も末長い活動には欠かせ無い。