2017年10月16日月曜日

平城京から大阪、そして平安京へ 〜弐

朝6時に目覚める。カーテンからは微かに朝の日が差し込む、ということはなく。窓は中庭?に面しているから。そもそも外は曇りだ。
とても寒い。14度。

寝ているのは勿体無いので、早速目的達成の為に行動開始。

薬師寺は8時半開門なので、先ずは朝飯を食べる。その後東大寺へ。
朝は清掃時間になっている。ホースで水撒いたり掃き掃除も。
観光客相手の鹿せんべい売って、鹿にやらんけりゃウンコも減るのに。

東大寺南大門は、日本で一番好きな建造物。造形、遠目の輪郭共に素晴らしい。
是非朝一で訪れていただきたき、静寂に包まれた東大寺界隈を楽しんでいただきたい。


記念写真。ミニ三脚持ってこりゃよかった。



二月堂の上にある森。少しだけ散策。鹿がひょっこり現れたりして「もののけ姫」みたいで幻想の世界だった、訳でもない。



初めて来たのは小学校の時だ。このお堂からの眺めは最高だ。朝夕オススメ。




さて、薬師寺まで自転車で向かう。道が狭くぐちゃぐちゃなので、土地勘が無い僕には走りにくかった。
昨日の移動で結構脚にきており調子はイマイチである。寝付けなかったのも痛い。そこに、寒さが追い打ちをかける。暖かくなるまでの我慢だな。

到着。大きな駐車場が完備されているけれど9時前なのでガラガラ。

薬師寺は殺風景なんだけれど、説法やら写経やらが気軽に体験出来るお寺である。歴史もある。

ゆったり参拝するなら、薬師寺よりも唐招提寺がお勧め。静かで薬師寺よりも存在感がある。


これが新築の食堂(じきどう)、基本構造は木造でマジックミラー自動扉付き。冷暖房無し。中央の暖簾みたいなところは中が筒抜けになっている。

田淵先生は、高校時代の美術科の恩師が、大学生だった頃の恩師である。
作品は巨大で、縦横3メートルくらいある絵が10枚くらい壁にはめ込んであり、中央にはさらに巨大な阿弥陀如来(脇侍付き)の絵が鎮座。で、でかい。当然、割パネだけれどそれを画室で描いていたのかと思うと比率を確認する時はどうしたんだろうか?(とは言え画伯の画室はは40畳くらいあると聞く。)



建築が大和風なのがいい。奈良全般に言えるけれど。
あと、平山画伯が奉納した絵が観られるお堂も公開していたので当然寄って行く。

物故された巨星。ザラザラの画面を進化させてきた世代でもあらせられる。デパートで観る本画はがっかりなのが多かったけれど(五重塔とか富士山とか、日本画家全般に言える事だけれど、これは日本画という商売だから仕方ない。)、シルクロードネタは右に出る者がいないほど熱が入っている。
荒野を描いた作品が好きである。夜景の絵はあまり好きでは無い。
しかし、大家と言われる日本画家の仕事量は、凄い。
群青の使いっぷりも半端無い。


一旦奈良市街まで戻ってきた。
理由は、薬師寺へ行く前にたまたま見かけた奈良県美の看板。
ぬおお!「不染鉄展」がやておるではないくうわぁあ。
と言うことで、薬師寺の後見学することにしていたのだ。

昔、愛知県美の企画展で波の絵が展示されていた事が印象に残っている。あそこまでの波の表現をした絵師が18世紀以降どれだけいたか?あの絵はずっと印象に残っていた。


緻密と言うか、目が良い(視力もだけど観察眼の事。)。鑑賞していて鼻血出そうだわ。
以外にも盛り上げを使った箇所があり、多様な技法を取り入れていたことが分かった。

「薄塗りから厚塗りまで使うんだぞ」
予備校の時に斎(斎藤)先生に言われたなあ。

日記に大東亜や支那の文章が出てて、キャプションにも記載されていた。知らない人が見たら何のことか分かんないんだろうなと思った。美術館偉い。

鑑賞後、休憩室に入ったら絵葉書の制作が無料で出来た。ハガキサイズの画用紙に、筆ペンと水彩色鉛筆で絵を描いて下さいとの事。

美術館を出て、昼食べたら13時を過ぎていた。
自転車で大阪へ。

2時間程で大阪へ。市内は道が狭く走りにくかった。4時えお過ぎようとしていたので急いで国際美術館へ。混んではいるけれど、東京で観ることを考えればかなり空いている。というより時間も遅いしね。

バベルの塔は小さい画面にかなりの情報を詰め込んでいて時代を超えるには、どれだけの力が入るか?と考えるだけで力が抜ける。
何気にヒロムニエボスの作品も凄い存在感だった。娼館を描いた絵だけど。


入り口すぐのリアル木彫もスンバラしかった。

時間も無かったんっで、版画はすっ飛ばしてバベルを観るための列へ。100人くらいが並んでいたか?ここで15分くらい並んでたかも。観たのは10秒くらいかなあ。
隣には拡大した模写が飾ってあった。

余談。模写で思い出すのが、愛知芸大日本画卒業生による復元、現状模写事業の数々。残念ながら中央では無いし、科学技術の導入や諸機関との連携は遅れをとっている。でも、良い仕事をされており、注目を集めても良いのに。


奇抜な設計の外観。下にに降りていくという構造。


美術館を出たら、今宵の宿を探すことに。
実は、名古屋に帰って仕事かなあと思い始めていた。また今度京博に行けば良いか?今日帰れないこともないけれど、せっかく明日も仕事を開けておいたし、京博に行っておくべきだと思い直し宿を探し始める。ブッキングコムで1500円程度のドミトリーがわんさか出てきた。


名古屋より高層ビルが多い。巨大な河川が市街地を分断して流れていて独特な街並みを形成している。
道が狭いのは、というか名古屋の道の広さが異常なんだけれど。



本日のお宿は西成の辺り。昔の名古屋の白川公園みたいな感じ。通天閣がめちゃ近い宿だった。周辺には1500円ちょい越えくらいのビジネスホテルが林立していた。この値段オドロキー。これで銭湯付きでしょ。

受付を済ませると部屋へ。一階には風呂があり自由に使える台所もあった。無論台所には、10人は座れるかなという机と椅子も併設。、シャワーも多数完備。トイレは最新型でピカピカ。ビルはボロボロ。
昨日とそんなに変わらない1500円。サイコー。


風呂に入ったら、後からでかい支那系か朝鮮系の二人組が入ってきた。随分と骨太な連中である。1人はサイダーの缶を持ってきていて、洗い場で飲んでいた。文化の違いとは恐ろしい。


宿からコンビニは近いし、商店街もすぐそこ。道路を挟んで向かいには通天閣がおったっている商店街もある。
実はヒカリエも近い。
風呂を上がったのは6時半くらいで、疲れていたので1時間寝た。それから夕食にありつくべく外出。近くの中華料理屋で定食を食う。何上このような選択になるのか?と思う。お値打ちにバランスよく食材を取れるお店が他にも無いものか。居酒屋?すき家とかファストフード系?ファミレス?珍しく昔ながらの定食屋があったな。気になったけれど入らなかった。


食後はパトロール。宿の隣にある商店街は、既にシャッターが下りたお店も沢山あったけれど飲屋が沢山開いていた。台北の龍山寺界隈を彷彿とさせる光景があった。日本人(だろうと思しき)の若い子が店番をしているところも少しあったが、ほとんどが朝鮮系か支那系だと思う。服装や聞こえてくる日本語や佇まいなどが違う。客は中年リーマンばかりだった。


カラオケに興じる、中年男性の声が街に響く。



おお!これが噂のたまで。パチ屋みたいだった。



商店街は続く。脇に逸れると浮浪者が段ボールを敷いて眠りについていた。


更に進んでみると、立派な佇まいの料亭が目に止まった。大阪には渋い建物が残っているんだね。


宿に戻った僕は、コンビニで買ったアイスや鶏肉を胃袋に追加していた。それから、再度外出。今度は通天閣の方へ。

テーマパーク感が半端無い。






帰る前に小腹を満たしたく思い、ラーメン屋へ。ノリの良い華僑のおばちゃんが店番をしていた。30年もいるらしい。完全に関西人のノリだった。


本日はこれにてお休みなさい。次の日は京へ向かいます。



6時起床。外は曇り。窓はついていたけれど、隣もビルなので、日差しは入ってこない。玉出で買っておいた朝飯をチビチビ食う。7時前に出発。

ナイスな表示。




7時くらいから行動開始。





大阪駅までまったり向かう。





寺町があった。








まだまだ工事は続くみたいだ。




京都駅までは輪行。雨が降ってきそうだったし、帰宅までの時間も考慮して効率よく。

9時半くらいに着いて、早速博物館へ。既に列ができていて10分くらい並んだ。
館内は混んでいて、ゆっくりと鑑賞できる雰囲気は無い。何度も人の波をかき分け鑑賞した。


仏画が最高に良かった。
水墨もあったが、雪舟はそこまで好きでは無いかも、と思った。山水は宋元が好きですな。
縄文土器の土偶のおケツがすごい量感だった。昔からおケツが大事だったんだなと思う。

あと、説明書きに学芸員さんの気概を感じた。言葉使いも、〜〜的という書き方はしないし作品を作った作者たちの想い、果ては依頼者の想いまで汲み取り時代を超えて受け継がれた作品への敬意に溢れていた。

私の作品もこうありたいものだ。きっと、強い意志の先に他者に伝わる何かが生まれるんだろう。

一期目なので二期目に東寺の両界曼荼羅が展示されるそうだから、見に行きたいなあ。

外に出たら雨が降っていた。寒い。台湾で買ったビニールカッパが大活躍で、そのおかげで濡れずに駅まで戻れた。



名古屋に着いた時も雨が降っていたので、これまたカッパがとても役に立った。

こうして考えると、あまり自転車に乗っていない。自転車中心で毎日200kmくらいの旅行もして見たいものだ。


では、また。



2017年10月11日水曜日

平城京から大阪、そして平安京へ 〜壱

《旅程》
奈良は薬師寺。食堂が落成し田淵画伯が奉納した作品を観る。
大阪国際美術館でバベルの塔展を観る。
京都国立博物館で国宝展を観る。


行きは自転車で運動も兼ねて。旧道25号を使う。まだ訪ねたことの無い関宿には寄らず淡々と進む。休憩はできる限り回避。

旧道から望むのどかな景色。


奈良に着いたところ。
出発が遅かった。ただ、この週は朝が寒かったので、遅くてよかったと思う。






夕方5時くらいだけれど混み混み。


宿に向かう。着いたら管理人さんがいなかった。中から出てきた宿泊客がいないよと言っている。宿泊客か?とか予約しているのかとか聞いてくるが彼らもどのようにしたらいいのかわからないらしい。この電話番号にかけてみようとか。
まあ、待つよと言って彼らを見送った。

その間に銭湯へ。
隣の通りに銭湯があった。ラッキー。420円。

ドミトリーだと湯船がない場合が多い。疲れた時にシャワーじゃキツイ。台湾だとサウナに行けば風呂に入れるけれど、その為に千円以上払うのもと思うから普通行かない。温泉も遠いし。
それで、欧州でもサウナがあったんだっけ?

脱衣所は男女ともに番台から丸見え。こりゃあ、若い乙女は来んだろうな。


この日は中秋の名月だった。忘れていましたわ。商店街の看板で気づいた。
祭りもあるようだったので、夕飯の前に見学。


ほどほどの人出で、混乱も無く。


浮浪者みたいなカメラじじいがちゃっかし若い(可愛い)二人組の女の子に声かけて写真を撮っていた。裏山死畏。


祭りはというと、池を船が周回して終わるという流れ。取って付けたような。なんとも言えない。


飯食って戻る。

ベッドは寝返りを打つと、軋む音がするけれど、仕方なし。

当日は、同部屋に外人さんが二人。
二階にも外人さんの団体有り。10時くらいまでは賑やかにしていたけれど、それ以上はハメも外す感じじゃなかった。

慣れないと国内でもドミトリーは、ちょっとという人もいると思う。知らない人ばっかりだし、混合(必ず予約時に選択できる)の場合もあるし。

女性も心配が多いだろう。マッチョな外人女性なんかにちょっかい出そうなんて歌麿くんはいないだろうし、外人は見た目も心臓もタフな点で得だ。
混合だと、盗難の心配もあるだろう。

修羅の国は経験がないのでわからないけれど、ある程度の文明国ならね。慣れちゃえば、と思う。



台所もあったので、市場が開いていれば肉でも買って調理すればいいなと思った。安上がりでたくさん食えるし。
台湾でも短期遠征なら台所付きの宿に泊まるけれど、外で台湾飯にありつきたいし(目的の一つだし、そりゃそうだろ)短期なら尚更ね。
逆に国内なら、短期でも自炊でいいかな。


管理人さんは、日本人ではなかった。そんな時代になったのか、と思った。臨時雇用だったのか?ずいぶん若かったのだが?目測25、6くらい。


ただ、宿はとても清潔に保たれていた。
一泊1600円。時代は変わった。




夜は飯食ってそのまま布団へ、居間でくつろぐとかもせず。





到着時は付箋に伝言が書かれていて、上の断り書きが読めなかった。
あとで気づいたのだけれど、Booking.comで予約した時に階数とベットの番号を記載した伝言が付いていた。
勝手に上がって荷物をぶち込んでよかったらしい。鍵もかかっていると思ったけれど、かかっていなかったようだ。普通自動で鍵がかかってまうやろう。
思い込みってことか。

本日は美術館へ行く事もなく、移動のみかと思ったら、お祭りも観れたので収穫ありでした。






二日目に続く。